花火の掛け声の種類一覧!由来や掛け声のタイミング徹底解説!

夏の夜空に開く大輪の花、日本の花火大会はみんな大好きなイベントですよね!

そんな時に良く耳にする掛け声「たまやー!」「かぎやー!」当たり前のように叫んだり、聞いたりしたけど意味を知らない人もおおいのではないでしょうか?

花火の掛け声には由来があるのです。
その歴史を知るとますます花火を見るのが楽しくなりますよ!

今回は、花火の掛け声の種類や由来から、叫ぶタイミングまで「掛け声」にまつわる話をわかりやすくまとめてみました!

また、日本や世界の花火の違いや、ぜひ見て欲しい花火大会などの情報もあります。ぜひ参考にしてみてくださいね!

【花火の掛け声の種類と由来一覧!たまや・かぎや以外にもあるの?】

花火の掛け声の種類と由来

花火の正式な掛け声は「たまや」と「かぎや」の2種類です。

①鍵屋(かぎや)

鍵屋とは、現存する日本で最も古い花火業者の屋号です。

初代弥兵衛が日本橋横山町で花火を売り出すようになるのは1659年のこと。創業当時は、小型のおもちゃ花火が専門でしたが、大型花火の研究を続け1711年に隅田川で初めての花火を打ち上げることに成功

1717年には水神祭りに合わせて献上花火を打ち上げ、1733年に、6代目弥兵衛隅田川花火大会の原型となる、両国川開きの花火大会が創始された際も、3カ月間20発ほどの花火を打ち上げました。6代目弥兵衛は毎夜さまざまな花火を打ち上げ、川開きの花火が隆盛になるにつれて、その名を高めていきました。

両国川開きで花火を打ち上げて、鍵屋と玉屋が競い合うなかで、鍵屋の花火を好きな人々が「かぎや~」と叫んでいたことから掛け声として定着しました。

現代も掛け声とともに屋号が残り『株式会社宗家花火鍵屋』という名前で、最も古くから現存する日本の花火業者となっています。

②玉屋(たまや)

8代目鍵屋の時代に、鍵屋の番頭であった人物が玉屋を立ち上げました。
「鍵屋」が暖簾分けをして生まれた店が「玉屋」ということです。

玉屋の創業者・清七(『鍵屋伝書』では新八という名前)は、腕の良さから暖簾分けを認められ両国広小路吉川町に玉屋を創業しました。名前も市郎兵衛と改め、玉屋の人気は鍵屋をしのぐほど高くなっていきます。

その人気を表しているのが「浮世絵」。
花火が描かれている浮絵はほとんどが玉屋でした。

「橋の上 玉屋玉屋の声ばかり なぜに鍵屋と いわぬ情なし」
玉屋の掛け声ばかりで鍵屋の名を呼ぶものがいないと歌われています。

そんな絶大な人気を誇った玉屋が1843年失火によって全焼、町にも火の手がまわってしまいます。約1500坪の町並みを焼いてしまうほどの火災で当時、失火は重罪でした。玉屋は江戸払いの罪を科せられ追放処分となり、財産をすべて没収され、わずか一代35年で家名断絶となってしまいます。

花火の掛け声の「たまや」は、花火の競い合いから生まれました。江戸の庶民が上流と下流で交互に打ち上げる花火を見て、好きな屋号を叫ぶようになり、その中でも「たまや~!」が一番多かったと言われます。

屋号がなくなっても「たまや~!」という掛け声だけが残ったということは、それほどに素晴らしい花火師だったという事でしょう。玉屋がなくなって150年以上が過ぎた現代でも、掛け声が残っているという事は凄いことですよね!

現在、玉屋の暖簾を千葉県八千代市にある『株式会社元祖玉屋』という花火業者が、引き継いでいると言われています。

花火の正式な掛け声は「たまや」と「かぎや」の2種類だけですが、全国花火競技大会などで素晴らしい花火をあげる屋号が、今後新しく掛け声に加わっていくのかもしれませんね。

【花火の掛け声の正しいタイミングは?いつから掛け声は使われていた?】

玉屋が創業した1810年以降、両国川開きでは下流が鍵屋、上流は玉屋が花火を打ち上げて競演していました。そのころに屋号を称賛する掛け声「たまやー!」「かぎやー!」が江戸の庶民からでたのが掛け声の始まりになります。

掛け声を叫ぶと良いと言われるタイミングは、ヒューという音で打ちあがった花火が空に昇っていき、一瞬静止したようにみえる、まさにこの時

次の瞬間に「たまやー」「かぎやー」の声と同時に花火が開いたら完璧ですね!

【花火の掛け声、外国でも行われている?】

海外には花火に対して「掛け声」が上がるという事はありません。
「掛け声」は日本独特の文化です。

海外では花火はイベントの中の1つのショーに過ぎず、日本のように花火そのものを鑑賞するというものではないのです。

海外では花火の綺麗さよりも「音」を重視します。
音が小さいとブーイングが来るほどなのです!

【花火の起源はいつ?日本と世界で有名な花火大会は?】

花火の起源

紀元前3世紀の古代中国、火薬の基本となる硝石が発見され、5世紀の中国(魏晋)で硝石と硫黄と炭を交ぜると燃焼と爆発が起こりやすいことが発見され、火薬の発明となりました。

しかし、これは軍事用。あくまでも何かを破壊するためのものです。現在のような花火の起源は火薬の発明以後で14世紀後半イタリアのフィレンツェとされています。

日本での歴史上の記録に残る花火の第1号は、1589年伊達正宗が観賞したのが最初であるという説と、1613年徳川家康に、英国人ジョン・セリーヌが、同行の中国人の手で花火を見せたという説もあります。

【動画】今なお残る深い意味?花火の起源について

【花火】今なお残る深い意味?花火の起源について【起源】

日本で有名な花火(日本3大花火大会・日本三大花火競技大会)

①大曲全国花火競技大会

【動画】2018第92回全国花火競技大会「大曲の花火」PV

2018第92回全国花火競技大会「大曲の花火」PV

この花火を見たいがために家を建てた人もいるという秋田大曲の全国花火競技大会。県内外から観覧客が集まります。

明治43年から始まった歴史のある大会。全国から名だたる花火師たちが集まり、自慢の作品を自らの手で打ち上げます。

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